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『我が師匠!逝く』

新年度のスタートですね!気持ちも新たに希望に胸ふくらませ桜の咲く中を小さな背中に大きなランドセルを背負い、はしゃぎながら走り回っているピカピカに遭遇しました。
春っていいですね・・・。僕も個人的な話になり恐縮ですが今年の3月20日で上越から上京して、丸30年が経過しました。誰も祝ってくれないので一人で大好物のシュークリームを購入して家族に振る舞いましたが、何のお祝いな~のっと、反応はいまいちでした。それもそのはずですよね!家族は誰も僕が18歳の時に夜行電車の今は廃線された急行能登号に乗り熊谷の叔父の所に下宿をし、板橋の接骨院養成学校に通っていたことなんて・・・。僕だけが30年間を回顧し色んな想い出を思いだしながら、時にはちょっぴり感傷的になったり、周りで支えて下さった方々に感謝したり、決して一人だけでは歩いて来ることが出来なかっただろうし、皆々様のお力添えがあったからこそこうしてここで生かされているのだと想うと感慨深いものがございます。

特にこの間大変お世話になり、この仕事をしていく中で一番の支えであり師匠であり時には東京の親父(おやじ)として叱咤激励し続けて下さった恩師が去る2月11日癌の為67歳で旅立ってしまいました。いつかこの時が来るのだとは覚悟はしていたつもりでしたが、実際にその日が訪れると、もうどうしていいのだかわからず、ただただ訃報を聞いてもその場でフリーズしてしまい、その後襲ってきた、焦燥感と空虚感に駆られるばかりでした。

皆さんは所謂「あの世」の存在を信じますか?僕もこの1月に田舎の父のすぐ下の弟である叔父が亡くなったり、そして今回、清瀬の師匠が亡くなったりして死について少し考えるいい機会だと思い考えてみました。人間いつかは死ぬわけですし、それがいつなのかが分かれば苦労が無いのですが、幼くして亡くなられる子供さんがいたり、120歳位まで生きられる超高齢者がいたりもします。小林正観先生が生前著書の中で人は生まれてくる前からいつ死ぬかを自分で決め、プログラミングして生まれてくると言っておりました。
「輪廻転生」や「浮かばれる」とは一体どういう事なのか?人間は死ぬとまた生まれ変わって別物になって生まれてくるのか等々「あの世」の事が気になりはじめました。
「お迎えが来る」ってよく耳にする言葉ですが、これは偶然なのか必然なのかは分かりませんが師匠の命日である2月11日は師匠のお母様(我々は大奥さんと呼んでいた)の命日と一緒でした。長年癌と戦って苦しみぬかれた息子の姿を不憫に想い自身の命日と同じ日に「お迎えに来られた」のではないかと僕は思いました。師匠は大奥さんと一緒に三途の川を渡り綺麗なお花畑に光の衣に身を包み旅立たれたのでしょう。

「あの世」に着いてからは暫くの間、生前の肉体の感覚が完全に消滅しておらず、まだ何だか身体があるような錯覚だと師匠は言っておりました。五感も完全に消え去らず、味覚と嗅覚はそのままだそうです。「あの世」と「この世」とでは、時間の流れが異なるみたいで、肉体がないので、歳をとる感覚がないということも、わりとすんなりと受け入れられたそうです。肉体がないと欲が減り始め、物への執着心はほぼ消失したという事です。

先日、「あの世」に着いて7週間(49日)が経ったという連絡を師匠から頂きました。
ようやく「あの世」での生活リズムが整って、少し慣れたとの事でした。肉体がないという感覚にも慣れ熟睡が出来るようになったそうです。しかし「この世」での眠る感覚とは違い、全く記憶に残らない空白の時間が訪れるそうです。中には数時間で目覚める人もいれば、数年間も眠り続ける人もいるそうです。
そして「あの世」での誰もがやらなければいけない課題があるとの事です。これが大変らしく師匠は困っておりましたが、「この世」での人生のすべての振り返りを包み隠さずに良いことも悪いこともすべて顧みなければならず、人生の真実を映像として何度も繰り返し繰り返し見せられるそうです。「あの世」で人生のすべてを振り返るというのは、自分で自分の生き方を顧みて、そして判断するという事でして、実は地獄の閻魔大王とは自分自身であり、自分自身の「この世」での行いを自分自身が裁く訳です。この行為がめちゃくちゃ苦行らしく、例えば殺人を犯した人はひたすらそのシーンを見せられる様で、相手の痛み、悔しさ、無念さなども、自らの様に感じ取ります。自殺をした人は、その行為と自らの後悔が何度も繰り返されるそうです。我が師匠は「この世」でいつも患者さんの苦痛を取り除く仕事をしていた為「あの世」では意外と楽に暮らしている様ですが、肉体がないので、毎日なにを着ようとか考える事もなく、歯を磨いたり、トイレに行ったりすることも無い様で、毎日楽しく過ごされている様子です。そして、自分自身が地球の一部であるとわかり、その地球の為に出来る事があると気付くことが一番の喜びであり、壮大な心地よさを感じると申しておりました。

皆様の中にも肉親を亡くして嘆き悲しんでいる人、愛する人を亡くして生きる力を失っている人、親を亡くした人、子を亡くした人、夫を、妻を、兄弟姉妹を、恋人を、親友を、ペットを・・・。二度と会えない、二度と話が出来ない、二度と抱きしめられない、二度と触れられない、その悲しみはいかばかりのことかとお察ししますし、僕自身が今回経験してみましたが、もっと長く師匠に生きてていただきたかったですし、もっともっと一緒に居たかった、お酒を飲み交わしたり美味しいものを食べたり、バカ話をしたり、施術の面でも色々な事を聞きたかったです。何とか亡くなられた方と「あの世」へ連絡をとりアドバイスを頂けないものかと?考えるのは僕だけではないと思います。 昔の人は特に「この世」と「あの世」を繋ぐことが出来ると、現代人よりも強く信じていたようです。春と秋のお彼岸にはお墓参りをしますし、お盆には、仏壇にご先祖様を迎えて供養をしますし、仏壇をお持ちの方は事あるごとに手を合わせているのではないでしょうか。これこそが、故人を偲ぶ思いの表れですし、亡くなられた人を悼むとともに、「あの世」と「この世」を繋ぐホットラインです。肉体は無くなり「この世」には故人の姿を実際の眼では見る事は出来ませんが、故人の魂は無くなることはありませんし、その故人を想い続ける限りその故人は眼には見えませんが「この世」で生き続ける事になるのです。

亡くなった人は、「あの世」から、「この世」で生きている我々の事をいつも見ているそうです。身内やとても親しいかった人の事は、特に氣になって仕方がないそうです。機会があれば、是非ともホットラインで繋がりたいと考えているそうです。しかし「この世」で生きている側からホットラインを繋ごうとしない限りは繋がらず、「あの世」からいくら繋げようと想ってもこちら側で周波数を合わせない限りは繋がりません。「あの世」では、氣付きや学びが進むと、物事の全体像を見通すことが出来、少し先読みも出来るようになるそうです。そして、「この世」での真実とごく近い未来が分かるようになり、親しいかった人に危険が迫っていれば知らせたくなったり、チャンスが近づいていれば導きたくなるそうです。それをホットラインを通して伝えたいと想うのは至極自然なことであり、故人としての心情というものです。このホットラインが繋がり機能すれば、「あの世」からは様々なメッセージを送る事が出来、「この世」で生きている我々はそれを受け取るアンテナを張っていることで、大難が小難になり、危険を回避出来たり、良縁にも恵まれる事が出来ます。亡くなった親しい人と会えないといった寂しい想いも少しは和らぐのではないでしょうか。ひらめきや虫の知らせ、勘が働くなどは正に「あの世」からのメッセージでありホットラインが繋がった証拠です。我々は「この世」から常に故人を偲び愛し心より強く想い「あの世」へアプローチしホットラインを繋げ故人よりメッセージを頂戴し人生の指南役として自分がいつか「あの世」へ行くまで繋がっていけるといいですよね!僕もこのやり方で師匠が亡くなって5回程夢に出てきてくださりメッセージを送ってくださいました。
師匠これからも宜しくお願いします。

今回の院長コラムは少し不思議な世界のお話をしてみました。是非、亡くなられ方と、もう一度会いたいなぁと思われる人がいたならば、強く故人を想ってホットラインを繋げてみて下さい!きっと素敵なメッセージが届くことでしょう。
                                                                     おしまい


                                      かわい接骨院・じょんのび治療室
                                                 主宰 川合 晃生

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